時は中華域の三皇五帝時代。未だ信じられていない架空の時代とされている。黄帝が中華域を統一の大前進となったこの涿鹿と言われた地での戦争の終焉の時の話である。
波打つ蚩尤旗も皆倒れ、魑魅魍魎や多くの鬼神、蚩尤の戦友雨師と風伯もついには敗れた。
総大将である炎帝神農の子蚩尤も黄帝自らの手で捕らえられ、柳の大樹に縛り上げられてしまった。
今も勇ましく足掻く軍神が威勢よく黄帝に声をかける。
「軒轅、かつては共に戦場を歩んだ。確かにてめえは秀才で強い。だがなぜ黄帝などと名乗り、そして神農を…!非情なてめえに親父の代わりはできねえんだよ、…そんならこの俺が、この世界を治めてやるんだ!」
「蚩尤、貴様は単純だが根は悪くない。だがあまりにも無知で感情的である。」
黄帝は手に持つ大きな刃物を強く握りしめる。
「時が彼を望んでいなかった。そして私が、再び来たこの乱世を統治すべき王に選ばれた。この意味がわからない貴様には到底この星は守れないのだ…。」
黄帝の持つ刃が蚩尤を何度も切り付ける。忍耐力のある体を動くことができなくするためであった。
蚩尤の血は綺麗な色をしていた。柳の大樹は彼の血を吸い楓となった。そして、付近の池は赤く染まり蚩尤池と呼ばれるようになったのである。
(すまない、蚩尤。今の貴様のままなら、二度と世界に現れぬよう二つの封印を施さねばならないようだな。だが、いつか機会をやろう、その時が来るまで休んでいてくれ。)
その後黄帝は丁寧に頭と胴体を中心に二つに分け、二つの塚を造り封印をそれぞれ施した。これらは蚩尤塚と言われ、時折赤い煙が出るとされる。そして、信仰の対象になったり、祭事の場ともなったりした。
…世界が突然変貌するまでは。
「俺はこんなとこで死ねるかよ!どんなことがあっても生きて生きて…。」
蚩尤は次に目を開いた時、急に小さな少女が目の前にいた。
「……!?」
彼女はとても驚いているようであり、見たことあるようで見たことのない衣服を着ていた綺麗な黒髪の娘であった。
周りは見慣れない綺麗な緑の園と化しており、後ろには何か塚のような石があり苔で緑色になっている。
(なんだ、このガキは。…人間だよな。)
「そ、それより軒轅!あいつはどこだ。まだ決着がっ…。」
蚩尤は勢いよく目の前の少女に構うことなく立ち上がった。
「あ、…?」
自分の体なのに何か違和感を覚えた蚩尤は身を見回して気づいた。己の身が人であることに。
「一体どうして俺が、そんなっ!」
「黄帝という元中華域の神に封印されていた邪神が、うちの娘のもつ何らかの力に反応し解かれたようだな…。」
木陰の中から大和域の陰陽家のような男が歩み寄ってくる。
術者だと理解した蚩尤は警戒して少女の首を掴んだ。
「てめえはどこの人間だ?ここはどこだ?答えられなければガキを殺る。」
「やめたほうがいい。茉梨華を殺すとお前も死ぬぞ。せっかく現世に戻って来たというのに。こちらも困っているんだ。急に知らんよその神から天命をうけ、邪なモノと娘の魂を共有させねばならん。」
「このガキの命の力を俺が使っているのだと!?」
蚩尤の手の力が一気に和らいだ。動揺の様子を隠せずにいた。
後に少女の父が日本から中東にあるコロニーまで非難するために通っただけなので場所やら時やらについてこちらもよくわからないと説明したのだが、彼は全く耳に入ってこなかった。
「おい、鬼神よ、ん、邪神か?とりあえず向うに大勢の大和域の民がいる。護衛役として使われろよな、蚩尤?」
「……。」
「おい、聞け。…あの日から時が経つにつれて、化け物が増えてきている…。茉梨華を無事コロニーまで移動させたいんだ。」
「あ、…ああ。…仕方ねえ、このガキに死なれちゃ俺の野望が叶わない。黄帝の奴はいったい何を俺に望んでるんだ?」
こうして、俺はまるで別の世界に飛ばされたような感じで、茉梨華と生き続けることになったんだ。