主な登場人物
第二話:序曲
ここはウラノス界のとある空間に位置するライド大帝国。
その世界はいくつもの内戦を繰り広げたすえにできあがった帝国主義国家の集合体であるが、実際にこの世を牛耳るのは皇帝マクベス=オセ=ライドである。ライド大帝国はダークナイツ国と同様にメシア国を狙っており、ダークナイツを対立国としていた。
「ああ、我が神よ。ライドに御加護を……。」
ライドの国王が神に祈る中、一人の軍服を着た青年が皇帝に話しかける。
「マクベス陛下。」
「…ん、何のようだ?」
「人口悪魔の件で…」
青年が話し終わる前にマクベスは問う。
「造魔が完成したのか?」
「DEEP-BLUE様の御加護と御指導のもとで一作品目ができあがりましたがウラノスの大気に触れては長くは存在できません。」
「試作品A-0か…。」
「まずはアノ闇を祓わなければ。あの国は色々と我々の妨げになります。」
「流石考えが賢い、ブレイト。特にあそこを狙おうではないか。」
「了解しました。」
軍人ブレイト=マナールが廊下で待機させていた二人の青年に言う。
「君たちの新しい任務です。これから君達が我々ライドに協力してもらうために大金を賭けるのですよ。」
イラついたように狐の獣人が言う。
「んなこと分かってる。いちいち言うなよ。」
「…で、いったい何をすれば宜しいんだい?」
もう一人の青年が冷静な口調で言い、お茶を飲む。ブレイトが彼を見て答える。
「試作品A-0をダークナイツで実験したいと思います。」
「では、軍事需要の問題は解決。魔石の使用範囲の詳細設定は各意見をまとめておくこと。最後に……」
ダークナイツ国軍セイントナイツ陸空総合軍事会議中、軍務大臣の末息子のレン・ラ・リンク陸軍最高指令官は真面目にこの会議に取り組んでいた。
しかしジェフ・セルクティア空軍最高司令官は毎日の疲労の表れか会議中はぐっすり睡眠を取り休息中。
会議終了後、ジェフはいつもの華やかさと威厳を保ち会議室の前の広間に待機する使いの乙女たちや下士官の戦う乙女たちに囲まれている。
レンは今もまじめな顔つきで広間に出る。彼にも多少の女性たちは集まってくるのだが、彼本人は騎士道の基本的振る舞いはするが口説こうとまではしなかった。それに対してジェフの口説きっぷりはまるで神で集まってくる女以外をも新たに惚れさせる。
「レン。」
ヘリギストス軍務大臣は息子を心配してレンを呼び止める。
「…。父さん、何か俺にようか?」
「何事も真剣に取り組むことは悪いことではないのだが、まあ、あまり硬くなるなよ。その真面目さが己を鎖に縛りつけることもある。」
「はい、分かりました。今後は気をつけ…」
「レン君、だからそれが良くないと彼はいっているんだ。」
ジェフが突然割り込んできた。
「せ、セルクティア大将!?」
「君はまだまだ大将として青いかもしれない。硬くて真面目っていうだけのリーダーに部下が信頼を感じると思うか?少しは気楽にアバウトに生きるべきだな、陸軍大将?」
「……。」
説得感あることを言われたがどうしようもないとレンは少し悩んだ。
(真面目…すぎるのか…。)
「レン、今回の会議の件なんだが。」
グリフ国王陛下は従者のロン公爵を連れてレンのもとへ来た。
「陛下、何か疑問な点でもありましたか?」
「ちょっ、エルベス。僕のだったんだよ?返してよ!!」
レンとグリフの話し合い中急に王子ジェイドの怒鳴り声が広間に届いた。
「いやー、そんなに返して欲しいんならまだ消化されていない間にして。あー、でも最善は尽くすから。」
「嫌だよ!吐き出さなくていいからね!」
「んじゃー無理。食べちゃったもんは返せない……。」
どうやらエルベスが彼のアップルパイを間違って(?)食べてしまったらしい。
「エルベスの馬鹿。」
「まあいわゆる先手必勝、速いもん勝ちってネ……。」
エルベスが開き直るように笑って言った。
「…ほう、先手必勝か…。」
グリフがエルベスに近づいて怖い顔で彼を睨みつける。
「あーっ!!…父上、こんにちは。とっても元気そうでなによりですよ、会議はもう終わったのですか。」
エルベスはかなり焦っている。
「まあ、先程まではそこそこ元気だったのだが、今はとてもそのような気分になれないのだ。」
相変わらず国王の目つきは恐ろしい。ロンがもしやと言う顔つきで言う。
「エルベス!ジェイド君のアップルパイをまさか食べたの?あれほどこれは駄目だって言ったのに!!」
「エルベス、ロンの忠告も聞かずにジェイドのを!!この愚か者め。」
「ひぇっ!本当にすみませんすみませんすみません…。」
――これが日常、ここまでが日常――
いつものある意味平和といえるこの時を満喫している中、ロンは何か奇妙な感じがした。
「……?」
ロンは集団からほんの少し離れて辺りを見回す。ジェイドが彼の行動に気付き様子を見ていた。
「もうすぐ何者かに死が訪れるよ。さっきタナトスが歩いているのを見かけたんだ。」
蛇を手に持ちながら角の仮面をした黒衣の男が急にロンの目の前に現れた。そして男は急に後ろから彼に近づき彼の首筋を手で抱いた。
「タナトス!?」
ロンは男の言葉を繰り返した。
「死神さ。彼は死者が死ぬ寸前に彼らの髪を切って冥王ハデスにそれを渡す。彼は漆黒の剣を持って死者候補が死者になるのを待ち望んでいる。今日君が知る誰かが死ぬ。それも確実にね、タナトスには君らは逆らえないだろうから。」
「誰か…死ぬって…。」
「ロンさん!!」
ジェイドがロンに向かって叫んだと同時に男は彼から手をゆっくり離した。
「ロン、いったい一人で何を言っているんだ。とにかくお前のこのバカ息子をどうにかしてくれ!」
グリフはロンに文句を言った。どうやら彼らには男の存在が見えていないようだ。
何人かの軍人がこちらへ慌ただしく走ってくる。
「陛下、ヘリギストス軍務大臣!大変なことが!!」
全員がその言葉で一斉に振り返る。ヘリギストスがこの言葉に答える。
「どうした、いったい何の騒ぎだ?」
「ライドが突然現れアリステを中心に襲撃して来ました!」
その報告にグリフが反応する。
「ここアリステをか?人口の最も多い首都を…率直にきたか。」
「陸・空共に出撃命令を出してくれ、レン、ジェフ!!」
「はい、父さん。」
「OK、ヘリギストスさん。…やってやろうじゃないか。」
レンとジェフは戦う男の目で返事をした。
エルベスがこれらを見て面倒臭そうな口調で言う。
「おいおい、一体急に何なんだよ?も~大変だな~軍人じゃなく王子の従者で良かったゼ。」
「他人事じゃないでしょ、エルベス!?これから大勢死ぬかもしれないんだ。」
ジェイドが常識のない発言をする彼に叱り気味に真剣に言った。あ、うん…とエルベスも少しだけ反省する。
グリフは少しこの事件に悩まされているらしくいつもよりまして表情が険しい。だが、その我が息子の真剣な発言を少し心配してもいた。
ジェイドが実力に合わない程の正義感を…いや、責任感を感じているらしいからだ。弱き王子の存在があるが故に今まで首を突っ込んでこなかった敵が新たに国を襲う、そんな時代にしてしまったことに気付きながら王子は生きてきていた。
「とにかく、エルベスとジェイドは大人しくしていなさい。…ヘリギストス、急ぐぞ。」
「はい、陛下。」
ヘリギストスが返事をしたが言い切る前に、グリフは体の方向を変え歩き出していた。国王と軍務大臣は国民に冷静さを保たせるような指示するために、彼らより早く仕事へ向かった。
情報役の女性下士官が二人の将軍に向かって言う。
「それに、小軍隊ですがエリア3にもライド大帝国の軍が。」
それに対してジェフが答える。
「エリア3か…。そこにはロノ少将の駐屯地があるな。彼らのみでどうにかなるだろう。報告ご苦労、これからも情報提供を君に頼むよ?」
「――…あ、は…はい!ありがとうございます!!」
この女性はやけに興奮していた。だが、他の彼の女性部下の目が恐ろしかった。彼女たちの暗黙の決まりがあり、それは『ジェフ様はみんなのモノ』というものだった。つまり独占しようとするのは敵をつくることに等しき行為であった。
ジェフは部下たちと…それから女たちと共にその場を去った。
「会議中は時折寝ていて、そういう時は女を…。ジェフさんのようなゆとりが俺にも欲しいな。」
レンがジェフたちの背を眺めてため息をつきながら言った。それに対してエルベスも共感する。
「そうだな。確かに俺だってモテさえすればな~。」
「は?お前がそんなわけないだろ。ヘタに夢を見るなよ、エリー。」
「うるせぇな。顔も性格も良いのになぜかモテないんだよ!」
二人の会話は意外と盛り上がり始めたように思われる。
ジェイドが何エルベス馬鹿なこと言ってんのと思ったが口には出さなかった。途中でロンのことを気にかかったのである。ロンはまだぼーっとしていてさっきの不思議なことを考え込んでいるようだった。じつはジェイドにはさっきの黒衣の男が見えていたのである。ロンに声をかけようとした。
「やっぱいつ見てもジェフさんらしいですね、ロンさん。…ロンさん?」
「……。」
「…大丈夫ですか?」
「!?あ、うん。…ちょっと同僚のルーシーと話してくるね。」
ロンさんはさっさとその場から去ってしまった。ジェイドは寂しい目で彼の後ろ姿を見守った。
「何だい、君は?彼の心は俺のものなんだよ。…って言うより俺が分かるなんてたいしたものだよね。」
さっきの謎の声がジェイドを縛り付けた。やはり周りのヒトは気付かないようだ。なぜか声がなんとなく、ロンさんに似ていないでもないのだが、どこか悲しさと邪悪さを感じさせる。
「君は誰なの?…ロンさん…じゃないよね?」
「……。俺の名前はアスタロト、地獄の公爵さ。何もしていないのに天から地に堕とされたんだ。」
「?」
「まあ、俺が本当は何者かなんて君には関係のないことだろ?とにかく君には今日という日々を生き抜くこと、それが大切だ。分かっているのかい、毒血の王子さん?」
「毒血…!?」
アスタロトは姿を徐々に消してゆきながら言う。
「俺と君は毒されたモノ同士。そうだ、これだけはいつも忘れてはならないよ。…結果は全てではない、それに辿り着くまでの過程こそが重要だということをね。だから教えてあげる、でもやっぱり結果は変わらないとは思うけど…。神話でよくある数字は3、そう、タナトスは3に訪れる。」
「…ジェイド、親父なら大丈夫じゃね?あんなの気にすることないからさ。…でもそんなに心配なら俺も何か協力しようか?」
エルベスが流石にジェイドの心配性を気にして話しかけてきてくれた。しかしジェイドはそんなのまともに相手にしなかった…いや、できなかったのだ。
「僕の体に流れてる血を…。」
「は?」
「アスタロトが毒血のことを知っていた…。ロンさんの心?…それに…3?」
「落ち着け、ジェイド。今は少し休んだほうが良いんじゃないか?」
エルベスはひどくジェイドを心配した。レンもエルベスに同意する。
「確かに。殿下、お部屋に戻られたほうが…。」
「駄目だよ。確かに死ぬんだ、しかも身近なヒトが。早くなんとかしないと。」
「そうならないために我々セイントナイツがあります。…一応金村にも連絡を直接しておこうか。あいつは俺以外の上司の命令は聞かないからな…。」
エルベスが笑いながら話す。
「ぷっ……。お前の命令だって真面目なもん以外はあまり相手にされていないだろw。」
「だから奴は出世しないんだ!陛下や父さんのおかげでギリギリ少尉をキープしているらしいが。」
レンは少し怒りながら自分の持つTHを取り出しカネムラに連絡をとる。
『ん?あぁ、大将さんか。何なんですか?今非常に…。』
「たとえ非常に忙しくても命令は命令だ。アリステにライドが接近中。直ちに現地へ向かえ。」
カネムラは言いたいことを先に言われて微妙な顔つきをした。彼の隣には一人の影の薄そうな銀髪で魚類系の耳を持つ亜人下士官が無表情で立っていた。カネムラは面倒臭そうに言う。
『あー、もうそれ上から来ていますが…。かなり信用されていないんですね。』
「当たり前だ。さあ、早く向かえ。しっかり…。」
――ぷつっ……ピー…ピー…ピー…――
むこう側のTHが通信を切断したらしく連絡が途絶えてしまった。
「……金村め…。」
レンはまたこいつにやられたなと思ったがあきれて怒りも出てこなかった。カネムラは勇者だな~っとエルベスがのんきにレンを見る。
しかし、いまだジェイドは先程の件について悩まされていた。彼は二人を広間に置いて自分の城へ戻っていってしまった。
「よろしいのでしょうか、このような切り方をして。」
例の『むこう側』では無表情な下士官がカネムラに問う。
「ああ、いいんだ。まぁ、早く向かうぞ。」
「で、アンタ誰だっけ?ん、…え~っと、確か…姉貴の旅団の…。」
前から知っているはずなのになかなか名前が思い出せない。加えて言うと影も薄いので普通に顔と名前が一致しない。
「え…お忘れになったのですか?自分はセイントナイツ国軍選抜特殊部隊所属空軍最先任上級曹長ラディス・ロイ…。」
「あー、上級曹そういうのは聞いてない。ラディス・ロイズね、分かった分かった。魚類の人種は頭が固いというのが特徴か?レンさんもそうだしな、真面目すぎるんだよ。」
常に同じ表情。見ているほうもつまらない。ラディスは文句をいってもからかっても同じ目つきだった。
「……それではロノ・カヴィレント少将の贈り物である『手作りお弁当』をしっかりお渡ししました。これで失礼します。」
「3へ行くのか?エリア3にロノのもとに戻るのか?」
カネムラは目つきを変え真剣に言った。
「いえ、今月から短期間ですがグランドナイツでの仕事を任されているのでそちらへ行きます。」
「俺はエリア3に行く。」
「キャビゾン少尉、貴方は別の所を命ぜられました。」
「おまえは本当にアリステに行きたいのか。」
「全ては少将のご命令。勝手な行動は許されていません。」
「…そうか。」
「俺は少尉なんだ。単独行動は許されやしない、こちらも同じだ。ロイズ曹長、俺の行く準備を手伝え。」
「一人で……良いとお思いになっているのですか?」
「知るかんなこと。自分で考えろ!この無表情男が!!」
「……。」
突然カネムラのTHに電話が入ってきた。彼は相手がレンでないことを確認して電話に出た。
『金村さん?』
「よう、カネムラだ。…ドちび王子、どうした?」
ジェイドからだった。ジェイドはとても重い口調で話す。
『エリア3で何か嫌な予感がするんだ。さっきレンさんと話していたときにロノさんちの隊員いたよね?名前は忘れたけど。早くそっちへ帰って欲しいんだ。」
「悪いが今、こいつは特殊部隊のグランドナイツの仕事中なんだ。エリア3には戻らない。」
『エリア3…まさかロノさんが。…あの悪魔は一体何なんだろう…?』
「姉貴が何なんだ!?冗談だろ?」
この言葉を耳にしたとき、ラディスは少し瞳を動かした。
『分からないんだよ!…なんかゴメン、切るよ。』
カネムラは王子が少し動揺しているのに気付き優しい口調でいう。
「安心しな王子、俺が姉貴を守るから。今から行くんだ、…3に。」
カネムラは電話を切り直ちに行く準備を始めた。
「んじゃまたな、曹長。」
少尉がすでに部下が操縦席に待機しているヘリへ向かう。急に曹長が彼の背に話しかける。
「あの…自分も、良ければ……。」
「……。」
カネムラは足を止めた。
「少尉と共にいれば言い訳もなんとかつくれます。それに第一に少将を…。」
「……。」
「……。」
少尉は無言で曹長を見る。曹長は黙ってしまった。
「おい、遅いぞ急げ!行きたいんだろ、ロイズ曹長。」
カネムラは彼に背を向けたままだが笑いながら言った。
「はい、ありがとうございます。」
「決まりだ決まり。部下にはこの件のことは全て口止めしておく、小さめのヘリでいいか動かせるだろ用意しろ。」
「了解です。」
カネムラはラディスに操縦させるようヘリにいる部下を降ろした。
ここはエリア3。
森林地帯は非常に少ないのだが大きな河川が横になり、平らな地形で一面が草花で生茂っている。全長の高い草々の集団地域も多い。首都アリステからそう遠くもない。
普段は綺麗な風景を誇る絶景だが、今回は絶叫の地であった。ここには空軍の駐屯地があり、そこから多くの機体が放たれたがまず駐屯地本体が危険にさらされていた。大空に舞う戦闘機もしばらくすれば散る。
駐屯地の立派な母艦に乗って通信をしている一人の女性将校がいる。
「いったいあの化け物は何なの?獣人…ではないのよね。」
彼女は戦闘機にいる者や駐屯地を守る軍人たちの指揮をしていた。
『分かりませんが銃はもちろんミサイルも効いていませんよ。』
『こちら3-C2。仲魔の過半数がおちました。このグロテスクな生物の調査を要求します。」
彼女の前にあるモニターのいくつかにこの世の生き物とはとうてい思えない怪物たちの情報が映しだされる。
『こちらは3-E7。先程、3-Nらとの連絡が途絶えました。本隊も数がわずか…。!?なぜこんな所に?…来るな!うっ、離れろ、離れろ!……うはっっっ!!」
「……。ここも駄目になったのね。」
少将はため息をついた。3-K5が彼女に言う。
『敵はライドの軍人ではありませんね。我々がもっと良い対応をします!』
「おやめなさい、3-K5。今から生き残っている全員に命令を下す。一刻も早くここを去りなさい。貴方たちは国の宝。勝ち目のないモノにむやみに殺される義務は何もないわ。」
『え…は、はい。』
他の隊員が彼女に聞く。
『少将、貴女のほうは大丈夫なのですか?』
「女をなめるのはよして。どうせこの母艦は囲まれているのよ。この鋼の入れ物も弾薬も無力ならば下に降りていても同じだもの。」
3-C2が彼女の発言に反応する。
『お止めください、ロノ・カヴィレント少将!!』
「止めないで。ここにいる私たちはある程度覚悟を決めて決断をしているのよ。安心して、タダでは殺されないわ!」
「早く降りる用意を。もしかしたら斬撃なら何とかいけるかもしれない。軍刀を持ちなさい。ふふっ。もしかして初めての歩兵経験かしら?」
ロノは周りの部下に指示しながらも本当は心の奥に不安と恐怖を抱いていた。
ルーシーの研究所。ロンは自動車を路に止め親友のルーシーに会いに急いで建物に入っていった。彼女はちょうど休憩としてアイスを片手にテレビをつけながら雑誌を見ていた。
「お願いがあるんだ、ルーシー。」
「ん?いったいどうしたの、ロン君?」
ルーシーは挨拶もなく急に訪れてきたロンに驚いていた。
「確か君造っていたよね?少しの細胞で全く同じヒトの細胞がまるまるできるっていうやつ。」
「実験中よ。それがあれば医療技術は発展するし戦争で多くのヒトを救えるわ。でも急に何?機械オタクでしょアンタ?」
ルーシーはふざけ半分で言ったのだがロンは真面目に答える。
「…誰かが死ぬかもしれないんだよ。」
ジェイドは自分の城にある、比較的広くなく人口太陽光も当たらない部屋に入っていった。彼はソファーに腰を下ろしぼーっと考え込んでいた。
「朝と昼まで20時間。そしてこの世の一日は30時間。人が死ぬことを知れば時の流れは鈍る。毒をもつ龍王よ、貴様はなぜ悩む?」
急に誰もいないはずのこの部屋から誰かがいるようだった。ジェイドはなぜか落ち着いた表情だった。
「アスタロト!?…いや、違う。君は誰?」
よく見ると、肌が死人以上に白く綺麗で、絡みそうで絶対に絡み合わない長くツヤのある見事の青い髪の男が、テーブルを挟んで向かい側のソファーに座っている。
「もとは愛と美と…そして性の女神であるアスタルテ。外界からの批判により天使にされついには毒と邪龍をもつとされた黒き魔王。それがアスタロト。」
「もともとは女神?」
「俺様は何も彼とは関わりはない。…まあ、同じメシアにより堕とされた神とくくるならばそうではないとは言えない。しかし俺様は、そんなことで裏返ることは決してしない。」
「龍神ケツアルカトルの加護を享ける、時から生まれし龍人の子よ。貴様は決して悪魔の集まる『エリア3』へは足を踏み出すな。時は外から来るモノを殺そうとしている。」
「外からって?」
「時である彼は旧ブレイズ帝国第三皇子に…現ダークナイツ帝国主義王国国軍の少尉に狙いを定めている。あくまでも今の時点。結果を知るのは時である彼か運命の三女神のノルンらかモイラらか…。」
「ブレイズって過去に父上と対立していた国?…少尉ってまさか金村さん?」
「死ぬという結果は確実に変わらない。だから貴様はここで大人しくしていろ。」
「…結果なんてそこまで重要じゃないんだ。変えようとすることがまず大事なんだよ。」
「愚かは罪だ。」
「…これで決心ができたよ、僕は行くね。ありがと。……で、君の名前は?」
「カーベイル、災いを運ぶ者と呼ばれている。本職は愛…だが今では狂愛特に同性愛を司る。不良かつ不安定な精神を持つヒトをも守護する。言うことを聞かぬやつのほうが可愛げはあるかもしれない。まあ、貴様が気に入ったから情報を提供してやったのだが…。」
「ううん、とても役に立つよ。僕は急ぐから。」
ジェイドは急いでこの部屋から走って出て行った。
「死ぬべき者にあえて手を差しのべる。人はなんて愚かで可愛らしいのだろうか。タナトスや俺様の前ではせっかくのその手も払われ、すべての死者はハデスに赴くというのに…。」
とある一柱の邪神はその場から消え去った。
ここはクリスタルパレスの宮殿内。
ジェイドは龍王の間へと入っていった。その部屋を繋ぐ長い廊下にはちょうどルーシーを連れて帰ってきたばかりのロンが歩いていた。暇を潰しながらテキトーに携帯ゲーム機で遊んでソファに寝転んでいるエルベスが彼らに気付きチラッと見た。ルーシーの手には何か奇妙で説明し難いモノがガラスの円柱型の入れ物の中で水に浸かっている。ロンは国王のいる龍王の間へ急いで行き仕事に戻った。
「あ、ルーシーさん。そのキモいの何?」
「特殊な人口細胞の塊よ。てか、キモいというよりカワイイ方かな、これは。」
ルーシーはエルベスの怪しがる目から必死に自分の作品をかばおうとするが、そういう言葉を聞けば聞くほどキモいとエルベスは余計に感じる。
「でね、この人口細胞様々な形状になることができて一応体の全器官の形になれるのは確実よ!これ単体で一つの生命として生きることはできないけれど、それは本来の目的じゃないし、全ての人口物で生き物を創り出すことは法律で禁じられてもいるしね。とにかく医療科学技術の発展に大いに貢献することになるの!」
「ふ~ん。まぁ、俺はそういうの興味は全くありませんから。」
「あまりそういうこと言わないであげて。一応一つの細胞の塊としてはしっかり生きているんだから。植物だって可愛いと言うと元気に育つでしょ?」
それを聞いてエルベスの好奇心は一気に膨張した。エルベスはルーシーからそのかわいらしい細胞塊の入ったガラスの入れ物を取り上げた。
「エルベス君!?ちょっと、返しなさいよ!」
エルベスがガラスに顔をベッタリくっつけて細胞塊を見つめる。
「すっげぇな、コレ、本当に行きてんの?」
「まぁね、ってか君。興味ないんでしょ?早く返して!」
ルーシーはそのガラス管に両手でしがみついた。ガラスの中で困った細胞が大きく揺れ動くほど二人の取り合いは発展していく。
「お願いします!!」
突然龍王の間からジェイドの声がハッキリと聞こえた。取り合っているエルベスとルーシーは驚いて黙り込んでしまった。だが、細胞塊の入ったガラス管をお互いに譲る気はまだない。その後、龍王の間からロンが落ち着いた口調で言った。
「グリフ、行かしてあげたらどうかな。」
「無理だ。いくらなんでも危なすぎる!それに命の保障など全くないのだ。」
国王グリフの怒鳴り声を聞いてエルベスとルーシーは廊下からその部屋へと駆け寄った。どうやらエリア3へジェイドが行きたいらしい。今はライド大帝国の攻撃によって首都アリステの一部と共にエリア3も被害にあっている。国王が王子そのような危険区域に行くことを反対するのは当然のことであった。エルベスもジェイドを心配して国王の意見に同意する。
「うん…。行かないほうが俺も良いと思うんだけど。」
エルベスはそう言うと、ルーシーにコレあげるとガラス管を手渡ししたが元々私のだからと怒られる。
「でも僕は何か嫌な予感がするんです、父上!お願いします、行かせてください!!」
ジェイドは透き通った真剣な青い瞳で父親に頼む。グリフはその顔を睨み返す。ロンが王子をかばって言った。
「エリア3は敵の軍も少ないみたいだし、別にいいんじゃ…。」
「矛盾している。そんな予感がするならそのエリア3さえも行かすわけにはいかない。」
「国王陛下、お茶の時間です。」
召使いのナスコ(ナス科のネコ系亜種獣人)が開かれたままのドアをコンコンっと叩いてからティーセットを運んできた。
「おう、すまないな、ナスコ…さん。」
自然とナスコに、さん、をつけて呼んでしまうのを自分でも不思議に思いながら、グリフは彼女の注いだ甘い紅茶を飲もうとコップに手をやる。
ゴクゴクッ、ゴクッ。
「ナスコのお茶はいかがでしたか、陛下?」
「んーっ!やはり、ナスコさんのいれたお、…ち、…ゃ…は、……。」
一人の召使いの妙な笑顔の前に、王が急に眠りについてしまった。
「効いたわ。実験成功ね、ルーシーさん!」
ナスコは勝ち誇ったようにルーシーに報告する。ルーシーも鼻を高くして自慢する。
「あったりまえよ!その名も運動飲料『ねむるんダカラ』!!これを混ぜた紅茶を飲めばたちまち眠くなるんだから!」
「さあ、エルベス。一応不安だからグリフに暗示をかけてよ。魔術系しかとりえないんだからさ。」
ロンが明るくエルベスに言った。ジェイドもこのことに驚いたがナスコたちのプレイに感動し感謝した。
「あ、…うん。…わかったよ。」
エルベスはここで初めてヤツラ3人がツルんでいたことを理解した。グリフの意見に賛成をしてはいたのだが、策戦勝ちされた、やるしかない。眠る王の前に立ち、エルベスは両手を彼に向けて念を入れる。
「父上、父上。貴方は自分の大切な息子がエリア3に行くことを許可しましたよね?」
「ああ、…許可した。」
エルベスは気まずくなりながらも暗示をかけた。他の4人はホッとしたような表情を見せた。
「だが…、」
エルベスは急にグリフが逆接の接続詞を用いたので驚いた。まさか暗示は失敗したのか!?
「だが、貴様に父上などと呼ばれる筋合いは全くもってないぞ!…この馬鹿野朗め……。」
「……。ねえ、ルーシーさん、この方は本当に眠っているの?」
「え、えぇ…。もちろんよ。」
「ま、いいっか。…ってか全くもってってなんだよ!馬鹿野朗ってのもなんなんだよ!!」
眠った状態での暗示…催眠術をかけてもコレだけは言っておきたいというグリフの強い意志がこの言葉を発したのかもしれない。この時、エルベスの精神が若干傷ついたのも事実であった。
「ありがとルーシー、ナスコちゃん、それにエルベスも!」
「ううん、別にいいわよ。実験のイイ機会だったからね。」
ロンのお礼に対しルーシーやナスコは次回もさせてくれと言った。エルベスはあぁと素っ気なく言い黙り込む。正直今回このようなまねはしたくはなかったからだ。
「おい、ジェイド。おまえ本当に行くのかよ?」
「もーぅ。今回に限って父上と一緒なの、エルベス!」
ジェイドがいつも自分側にいてくれるエルベスが今回は様子が違うのを少し気にかけていた。
「でも君は僕に従う者、僕に逆らっちゃ駄目だよ。とにかく君にそこまで飛んでもらうから。」
「うん……。」
―――衣服等の保存を完了しました。―――
TH機器の画面にはエルベスの今着ている服の映像が映し出されている。
「俺の身に宿りし万魔の源よ、カルく力を使わしてもらうゼ☆」
かっこつけた立ち方でエルベスは明るくノリノリに言った。
「☆セヴントランスフォーメイション☆第四形態☆鳥獣☆」
青い光が放たれ辺りが反射し明るくなり見え辛い。ナスコがボソッとルーシーに言う。
「昔はこういうの脱いでからやんないと服が面倒だったんですよね。」
「そうね、今は科学技術が発展しているからイイモノよね。THがある時代なのに今でも変身能力をもつ獣人の一部はあえて脱ぐヤツもいるらしいわ、そういうの変質者って言うからね。」
二人の会話が少し変な方向へ傾きだした頃、ようやくエルベスの七変化が終了。彼は龍のようなある程度大きい鳥獣へと変身していた。しかしジェイドは一刻を争う時にいちいちセリフを言うエルベスにいらいらしていた。
「っていうか、はじめの方は完全に言わなくてもできたよね、エルベス!?話長いんだよ!」
「悪かったな、ノリだよノリ!相変わらずな王子だなぁ、もう!」
エルベスはがキレたがジェイドは、相変わらず面倒臭いのは君だよな、と思ったから直接は相手にしなかった。
「じゃ、行こっか。」
ジェイドは変身したエルベスの体に乗り空に身を任せる。ロンとルーシー、ナスコの声が下から別れの言葉を発している。
(エリア3に何が起こるんだろうか。)
ここから別に遠くもない、なるべく早く行かないと…!ジェイドはエルベスに声をかけながら自分に言い聞かせる。
―――…僕だって一度くらい、役に立ちたいんだよ…―――
心の中で少し寂しそうに呟いた。