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第4話 メシアの扉

女王レ―ン
女王レ―ン

主な登場人物

  • ジェイド・ウェゾ・ドラコ
  • エルベス・グリフィンド
  • グリフ・ウィズ・ドラコ
  • ロン・グリフィンド
  • レーン・カーリー・ドラコ
  • レン・ラ・リンク
  • ロノ・カヴィレント
  • レーヴ・カーリー・ドラコ
  • 魔王アスタロト(女神アスタルテ)




 


 


4話メシアの扉


 


 


先日、異世界ライド大帝国がダークナイツムーンの中心国ダークナイツ王国を攻撃したこと、そして悪魔研究を行っているだろうということをダークナイツの国王は世界際連盟(略称:世連)に告発した。だが世連は、ライド大帝国ではなくテロ組織による行為だと判断した。ライド大帝国は多くの世界を所有し多くの国を植民地としている。今もその大帝国はテロ組織の壊滅作業に取り組んでいたのは事実である。しかも皇帝ライドも今回の事件については初耳であるといい、積極的に情報提供を求めていて、被害地の復興支援もするということであった。そしてその皇帝はテロ組織が悪魔召喚の研究をしている恐れがあると主張し、世連に更なる悪魔召喚に関する厳格な規制を再度確認することを訴えたのだった。


ダークナイツの国王グリフ・ウィズ・ドラコはこのような結果になることは理解していた。ライド大帝国は世連の中心である八大世界に入っているからだ。だが、シュティン帝国もその中に入っており、もしかしたら何か対策が取れると思っていたから世連に告発をしたのであった。グリフはシュティン帝国の帝王レーヴからダークナイツムーンにある植民地に独立王政国家をつくりあげており、レーヴの妹レーンを妃にしているということも関係しているのであろう。


 


 


テロ事件から数日後、シュティン帝国の帝王レーヴがダークナイツ王国の王宮クリスタルパレスに訪問してきた。本日行われるダークナイツムーン世界の会議『各国交際連盟会議』に特別に出席をするという。レーヴとグリフは憩いの広場の石柱の部屋でお茶をしている。


「グリフ、すまないな。軍の総本部に流れたという敵の話の録音が一番の証拠になると思ったが、テロ組織がライドの仕業と思わせる小細工だったと連盟で判断したようだ。だが、なぜテロがこの国を狙うんだろうな、しかも空軍少将の女性の暗殺を謀ってる。今後も気をつけてくれよ、シュティンの恥にもなりかねない。」


「あなたもテロだと思うのか?あれはライドだ。」


「証拠がなくては手伝えないんだぞ。目的はわかるのか?」


レーヴの質問にグリフは不機嫌に答える。


「私はライドと同じ理想郷を探している。」


これを聞いてレーヴはまだそんなことをと言うように呆れている。


「メシアか…。何度も言っているだろ、その世界に行く方法がない。世界の鍵も見つかっていないしな。」


「…狙われた彼女が持っていたんだ、世界(ワールド)(キー)メシアの瞳を。ブレイズ帝国の未公開国宝だったらしいが彼女が王子の命を救うためにそれを私に献上した。それがメシアの鍵だと判明したのはつい最近だがな。


「ライドが行為的にあの事件を引き起こしたならその鍵を渡せばもう被害は無いのではないのか。」


「あの世界はこの世界のものだ。貴方だってこの世界の歴史を存じているはずだ。メシアの民は大きな争いは決してしない、言語も我々と近いだろう会話でメシアを手に入れられる。あんな野蛮で嘘つき者共にメシアは渡せん。」


グリフが怒るような口調で言った。あまりにも真剣なグリフの様子を見てレーヴは真面目に質問をする。


「グリフ、本当にメシアへ行けるのか?」


「おそらく行ける、が他の世界鍵よりも所有者から奪う魔力が多すぎる。何回も使えるものでもはないし例え扉が現れても開けきれるかも不安だ。それにメシアのどこに扉をリンクさせるかも魔力で念じ照準をあわせないといけない。」


「そんな技術も魔術もないな。まず無理じゃないか。」


グリフは少し笑みを見せたが直ぐに顔を強張らせ落ち着いて発言する。


「…いや、適任がいる。…問題は奴との交渉だ。」


「!?」


「そのことについて会議で権力者を集めて話すんだ。」


 


 


クリスタルパレスの女王の館や翡翠の館などの王族宮殿に接続する大鏡の広間に、王子ジェイドとその従者エルベスが立っている。


「ジェイド、お前が悪いわけじゃないし、金村もロノの為に尽くせた。」


「わかってる。」


「…、いやお前わかってないな。俺はお前がそんなに暗い顔すんの見たくないんだよ。死人で後悔するほどお前は良い奴だ、なら今生きている俺たちのことも考えてくれ。」


ジェイドはエルベスに言われ余計に気を落としたが、エルベスは優しい表情で顔を近づけ目を見て言った。


「王子が元気なかったらみんな困っちゃうだろ。」


「…エルベス。」


ジェイドは涙を流しそうであったがにっこり笑ってみせていた。


 


「安心しなジェイド。俺がどんな時も一緒にいるからな!カネムラのことは気に掛けるな、軍人としてとうに覚悟しているさ。それに考えても見ろ。」


「?」


「もし、カネムラが生きてロノが殺されてみろよ。たぶんあいつまともに生きてらんなくなる。あいつ本当の姉のように親しんでいたからな、自分だけが生き残って目の前でロノ姉を見殺しにしてたら、ジェイド以上に悩んでたに違いない。」


「…。そうだね、今ロノさんはカネムラさんの分まで生きようともしているし、これはずっとくよくよしていいものじゃないね。ありがと、エルベス。」


エルベスは落ち着いたジェイドを見てにっこりと笑った。


「エルベス、これからも僕を支えていて欲しいな。いつもアニメみてたり何んか作っていたりフィギュア同じの集めたりいちいちウザいことするし色々変だよね君。だけど、他の人といるよりずっと楽しいよ。」


「ああ。でも最後のほう、…てか最初以外ほとんど余分じゃね?ま、まあいいけど…。」


 


「やあ、エルベス。ちょっと前にグリフに呼ばれていなかった?もう行ったのかい?」


「あ、やっべ。父上のこと忘れてた、今からダッシュで行くわ。」


エルベスは通りがかった公爵である父ロンに言われ走る。


「あ、グリフ今は龍王の間にいないよー。憩いの広場でレーヴ様とお茶してるよ。」


「ん、OK!ありがとなー、親父!」


エルベスの姿は見えなくなった。


 


「なんで、グリフは父上っていうのに俺は親父かなー。」


「親しみの意味が込められているんですよ。ただ僕の父上だから父上ってエルベスが言うのはおかしい。父上も嫌がってるのに言い続けるし。」


「ははは、確かにあの子面白いよね。まあ、馬鹿そうであれでも色々考えてるようだし、あの子はすごいよ。きっと死んだお母さんお姉さんも安心してる。」


「?エルベスにお姉さんいたのですか?」


「あ、うん。…まあね。」


「…?」


「世間一般ではエルベスが殺したとか言うけど、そんなことはあるわけがない。二人は年も結構離れてて、お母さんだって病弱になってしまって産んだからエルベスの出産時に命を落としただけだよ。まあ、エルベスの魔力の多さも影響してたのは認めるけど何もあの子を悪魔だとか邪神だとか言うのは間違ってる…。」


「すみません、ロンさん。僕あまり世間とかよく知らなかったんですけど、エルベスそんなこと言われてたの?」


「俺もさー。俺が善くない日に生まれたのあってね、結構そういうの信じる人はうるさいんだよ。困っちゃうね、これがグリフの政治に悪影響でも及ぼすようなら職も従者も辞めるけど、まだそこまでではないからよかった。」


「なんか、本当にごめんなさい。無神経なこと言ってしまいましたね…。」


 


「いや、そんなことないよ。君も大変なはずだ、初等学童時の最初までは君も自分の体と闘っていたでしょ?君の血液が自分の体まで害をなすような猛毒だったから体を整えるの大変だったよね。…ごめんね。」


「ロンさんのおかげで今も僕は生き続けています。それにもう毒血も魔力で調節できますし問題ありませんよ。」


「ふふ、そう言ってくれると嬉しいよ。今度、手術責任者だった医学専門のルーシーにも言ってあげて。でも君が生きているのは本当に奇跡だった、体内が毒を帯びてしまったけれども五体満足に生まれてこれてよかった。もう、あんな奇跡の手術は存在しないよ。君は奇跡の龍王さまなんだよ、それは忘れないでね。」


「…。はい。」


 


ロンは微笑みながらその場を去った。色々と調べものがあるらしく、これから直ぐに軍事研究所へと向かうらしかった。


 


しばらくロンは誰もいない長い廊下を歩き続けていた。そのとき急に魔王アスタロトが彼に話しかけてきた。


「なに君、意外とマッドだね。いいのかい、違法なんじゃないのかい?ゼロからの人体錬成は。」


「また来たの、今は忙しいんだ。君みたいに暇じゃないのさ。それにゼロからじゃないから。」


「?それなら合法かなー。でも造魔の細胞でしょ、悪魔研究関連はこの世界では厳禁なんだよね。カネムラ・キャビゾンっていう奴の細胞はあの熱ではもう灰だよ、残ってるのは造魔のだろう。」


奇妙に笑った魔王を睨みつけるようにロンは答えた。


「それは違う。あの細胞は確実に彼のものだ。それにDNA上犬型獣人のものに近いし形も至って普通だ。今我が国ではどんな細胞にも一瞬にして成長する万能細胞塊がある。だから、もうこれ以上エルベスの周りで死者は出させない。」


そういってロンは彼の前を横切った。そのまま前を真っ直ぐ見て廊下を進む。


(ただカネムラ君の細胞には、見たこともない原子みたいのものでできていて、造魔の力も引き継いでいる可能性は大きいけどね…。)


 


「…。いいよ、この俺が君を…」


アスタロトはロンの遠ざかる後ろ姿を振り返って見ながらささやいた。それとほぼ同時に、アスタロトの姿が変化し、月型の冠を被った女性の姿となった。


「…見守ってあげるよ。この女神アスタルテが貴方を冥護してあげるから安心してね。」


その長い廊下にメイドが通りかかった時にはもうすでにその神魔の姿はなかった。


 


 


同じくクリスタルパレス内の一室で女王レーンが会議に控えていた。しかし、まだ正装に着替えたくないらしく、下着姿でソファーに座っていた。


「女王陛下、もう少しで世界内各国交際連盟会議が催されます。早く正装にお着替えにならないと。」


「それよりもロンはまだ来ないの?フレイドルド製の服が届いたからこの時間迄に持って来てくれるっていってたのよ。新しい衣装を早く着てみたいのに。」


付き添いのメイドも困り果て、一刻も早く着替えてもらいたい模様。だが、レーンにとっては会議よりもフレイドルド王国のニューリィというファッションブランドの服のほうが重要なようだ。


「しかし…レーン様。…会議が終わるまでにわたくしがニューリィのお洋服を届けますので、今はご辛抱お願いします。」


レーンは我慢できず下着姿のままでドアを開け廊下を見回した。


「てか、ロンは何やってんの?正直エリア3の事件以降1度も会ってないし。」


「母上!どうしてこちらに?」


ジェイドが通りかかり、母親の姿に驚いていた。レーンは特に気にせず話しかける。


「ジェイド今日も元気?ねえ、ロン見なかった?彼が仕事サボるなんて珍しいんだけど。」


「先程会いましたよ。しかし聖騎士団(セイントナイツ)特殊選考部隊基地の研究所に用があるそうです。もしかしたら他の仕事があるのかもしれませんね。」


「えー、そうなの?軍務系ってことはグリフかヘリギストス、レンとかの命令かな、それじゃ仕方ないね。」


女王は諦めたような口ぶりでメイドに話しかける。


「とりあえず会議に備えてドレス着るわ。リリー、手伝ってもらえる?」


「もちろんです、陛下。」


「ありがと。じゃジェイド、大人なお姉さまのお着替えタイムだからまた今度ね。」


レーンは一人息子の額にかるく口づけをしてから部屋へ入って行った。その直後にメイドの一人が王子に一礼にドアを静かに閉めるのだった。ジェイドはしばらく恥ずかしそうに手で額に触れていたが、会議で宮内が騒がしくなるので早めに翡翠の館に戻って行った。


 


 


各国交際連盟会議翌日の昼頃、王宮クリスタルパレスの龍王の間に王子が飛び込んできた。


「父上!どういうことですか!」


「…何がだ。」


「エ、エルベスがメシアに行くって本当ですか?」


王子ジェイドは今朝、宮内を掃除していた召使い同士の会話で耳にしたらしかった。


「本当だ。前々から予定はしていたが色々あってな。まあ、お前には後に知らせる予定だったが、昨日このことが決定した。」


「会議で、ですか?」


「その通りだ。メシア遠征の前準備・探索の意味を込めて先駆けて滞在できるよう予算も組んである。」


「エルベスにそんな大役務まるわけがないですよ。どうせ予算全部趣味に回してしまうだろうし。」


「奴にしかできないんだ。体内にあんなに魔力を生産・蓄積でき、コントロールも完璧な者は奴以外にいない。」


「魔力?」


「強力な魔石の管理も奴がやっているだろ。魔石は間違えるととても危険な物になるからだ。世界鍵はそれ以上の危険が生じ、魔力も要する。未熟者が扱えば全世界の歪みにもなりうるし、使用者だけでなく周辺の者も死に至らせるんだ。」


「そんな危ないものを!エルベスはいいっていいたの?」


「ああそうだ。」


その言葉を聞いた瞬間、ジェイドは龍王の間から走って出ていってしまった。王子の目は今にも泣きそうであったが、それを隠すように腕で顔をつたう涙を拭っていた。


 


「奴なら安全だ、メシアの世界への扉を確実に呼び出せる。だが、了承を得るためにいくつか条件を出されたがな…。」


「グリフ、もうジェイド君いないよ?」


「…そうか。」


グリフにはジェイドがいなくなった理由がよくわからなかったが、少し暗い表情を示していた。


 


「あ、ロン!昨日届いたこの服どうして私にくれなかったの!」


数人の召使いを連れた女王レーンは新しい衣装を身にまとい、怒った表情で龍王の間に入って来た。グリフは玉座から立ち上がり両手を広げてレーンの訪問を喜んだ。


「レーン!また今日も来てくれたのか、私は嬉しいぞ。どうだ、共に昼食にでもしようじゃな…いか…。」


レーンはグリフを無視してロンに迫っていく。ロンはすっかり忘れていたらしく、焦って謝っていた。グリフはレーンに相手をしてくれなく少しイライラしているのか、心の中で叫んでいた。


(ロン、なぜそんなにお前とレーンとの距離が近いんだーっ!)


 


 


ジェイドはエルベスの部屋に向かうため走っていた。『どんな時も一緒にいるから』、そう約束したはずなのに…。ジェイドはこんなことばかりを考えて訳も分からず泣いていた。


彼はエルベスのことを一番よく知っていた気でいた。だが実際には何もわかっていないことにかなりショックを受けていた。エルベスは彼の従者であり、ほぼ常に彼の傍にいた。昨日の夜も共に食事をしていたし、笑って話もしていた。それなのに、メシア潜入についてのことを、偶然耳にするまで、一切エルベスは彼にこのことを伝えたりはしなかったのだ。これは彼にとって裏切りにも値したのである。


 


とりあえずジェイドはエルベスの部屋に着いた。しかし、ヒトのいるような気配はなかった。もうすでに多くの家具がなくなっており、フィギュアやプラモデル等の棚がなくなっていた。今までエルベスがメシアへの潜入調査の件を黙っていたとジェイドは確信する。ジェイドは机の上に座り込みしばらく黙っていたが何者かが部屋に入って来た。


「おいエリー、軍事的手続きがまだ残って…。これはこれは殿下、エルベスはいないのですか?」


「レンさん。手続きって?メシアの件?」


「…。はい、その通りです。あいつ、あっちの世界の住民票・籍の対応は済んでますが、こっちの作業はまだです。…はあ、困ったものだ、父さんにあれほど言われてるのに。」


「エルベスってそんなにすごいヒトだったの?」


「普段はそうは思いませんが、過去に色々ありますからね。殿下は幼少時お体が優れていなかったのでよく周りのことはご存じないかもしれませんが、エリーは青の魔導具事件の解決者でもあるんですよ。」


「青の魔導具って国宝になってるハンマーのような杖のやつでしょ。シュティン帝国から譲渡された邪神の呪いがあるって噂のものなのは知ってるけど、事件って?」


「こちらも詳細は知りませんが、世界大戦時シュティンが手に入れた戦利品としてのもので、大戦後世界際連合の所有地となったアマラチストラの原住民は、この魔導具を恐れて手を出したことがなかったそうです。手にしたものは狂気に満ち、周りの魂を切り刻み最後には自身の命も尽きるとされていました。」


「もしかして、それみたいなことが起こったの?迷信とかじゃなくて?」


「魔導具の解明が進むと、持ち主の魔力を過剰に攻撃性のあるものに変換する特質があるらしく、それにより精神が狂い魔導具に飲まれてしまうことがわかりました。しかし、シュティン国内で多くの殺人事件がこれにより起きてしまいました。どんなに厳重に管理しても何故か魔導具が消え、誰かの手に渡ってしまうのです。こんなにも術者誘導性の高い魔導具は確かに『邪神の呪い』と恐れられた最大の理由でしょう。それに、その魔導具を使いこなせたものがしっかりと呪術的管理方法をとらないと事件は一向に解決しないのです。」


「エルベスの魔力の多さや魔術のテクニックならそれを封印出来たってこと?」


「そのようですね。陛下とともにまだ若いエルベスは、親国交際の会談の時にシュティンを訪問し、その時に問題を解決したようです。奴の力もかなりのものだが、陛下は本当に素晴らしい方だと思いますね。なにせ、陛下のお考えで事件解決にまで至ったのですから。殿下のお父様はエルベスの素質を既に見抜いていらした、ということになりますからね。」


「…そうなんだ。でもそれっていつの話?」


「確か今から9年前ですかね、私とエルベスがまだ初等学童第6学年時ですからね。このことは後で詳しく理解しましたが。」


「え?そんなに前?やっぱり微妙に僕とエルベスが出会う前の出来事なんだね。でも彼はすごいよ。いつもあんなニコニコしていて、いろんなことをやりこなせるんだから。いつも世話になってる僕からもしっかり応援しなきゃな。いつ出発かわかりますか?」


 


「今週末には行ってもらいたいです。…しかし、手続きがまだ済んでいないっ!」


「長くて今週の日輪の日ですね、わかりました。ちゃんと僕も彼を見送らなくてはいけないからね。それではまた、ありがとうございました。」


ジェイドはどこかさみしそうな表情だったが、最初よりは少し落ち着いたようで微笑みながらエルベスの部屋を出ていった。レンがぼーっと彼の去る背中を眺めて呟いた。


「…ちゃんと、見送る…ですか?」


 


ジェイドはそのまま自分の部屋へ向かい、ドアに手を添えた。少し考え事をしていたらしく間があったがドアノブを握りドアを押そうとする。すると急に、まださほど力も出していないのにドアが開いたのだった。ジェイドは重心を崩し前に倒れそうになった。なにが起こったかわからないうちに体が傾いていく。


 


「えっ!?」


「…っおーっと!…大丈夫かよ。」


何かが支えてくれた、そう瞬時に感じ反射的にその支えになったものをジェイドは思わず両手でぎゅっと抱いた。ジェイドは冷静になるとそれがエルベスだとわかった。エルベスははじめは驚いていたが、迷惑そうに言う。


「おいおい、何やってんだよー。危ないじゃんか、気を付けなよな!…ったく。」


 


しかし、すぐにエルベスは笑顔になって話を続けた。


「てゆーかさ、ジェイドどこにいたんだよ。お前の部屋しばらくいても来ないから他捜そうとしてたところなんだぜ?基本勤務時間は、ジェイドと一緒にいないとさ、親父や父上にこっぴどく叱られるからなー。」


「え、ああ。ごめん。でも、エルベスさ…。」


「ん、何。」


ジェイドは真剣な目つきでエルベスに問いただす。


「君は僕に隠していることあるんじゃないかな?」


エルベスはごまかすように答えるが、全く隠しきれていなかった。


「…え?…っな、なーんのことだかっ。」


ましては焦りすらも隠せず動揺していた口調だった。


 


ジェイドが少しじれったいような表情で話を続けた。


「…メシアに行くんでしょ。」


「なに、知ってんの?」


エルベスが、もう知ってたのか、というようにきょとんとした表情で言う。ジェイドは怒りっぽく聞く。


「潜伏してメシアのことを調査するんだっけ?なんで僕に直ぐ言ってくれなかったの?」


「いやー、ジェイドには明日くらいにドッキリで言おうかなーって思っていたんだよ。えー、誰に聞いたのそれ。館内の召使いだけじゃなく、全員に口止めすべきだっったかー参ったネ。」


「あ、そうなんだ。既にもう、ドッキリだから大丈夫だよ。確かにしょうがないことだけど、でもしたよね、約束…。」


ジェイドがついに涙をこらえきれず泣き出してしまう。エルベスも最初はよくわかっていないような表情をしていたが、そのうちジェイドの想いを理解したのか優しく彼の頬を撫でた。


「ああ、したさ。おまえと交わした約束は必ず守る。だからこれからもこんな俺をよろしくな。一緒にメシア旅行を楽しんでいこーぜ!」


「…え?」


 


「あー、心配するな。もう別荘も手配済みだし、荷物の多い俺も大半は移動してある。ジェイドは荷物が少ないから明日からでも余裕っしょ。…あっちのことは結構終わってんだけど、そういやーこっちの手続きみたいなのまだかなり残ってたなー。ま、テキトーで大丈夫か!」


 


「潜入調査だよ?なにそれ、そんな感覚でいいの!?」


「んー。…いいんじゃね?」


エルベスが両腕を頭の後ろで交差して口笛を吹きながら体をくねくね動かしている。ジェイドは驚きを隠せずにいたが、しばらくして呆れたように従者のなめ腐った顔を睨めつけた。


どのくらい沈黙の時間があったかわからないが、エルベスはその空気に気まずさを覚えた。


 


 


各国交際連盟会議翌日の午後、王宮クリスタルパレスの龍王の間に王子が飛び込んできた。


「父上!どういうことですか!」


「…何がだ。」


「ぼ、僕とエルベスがメシアに行くって本当ですか?」


似たようなことを今日話した気がしたが、王は息子の質問に答えた。


「本当だ。」


 


「なんでそこ大事なとこなのに、言ってくれなかったんですか!?」


「だって、ジェイドがパパのお話を最後まで聞いてくれなかったからだぞー?」


グリフが少しいじけた様子だったが、ジェイドは彼の相手をすると面倒だなと感じた。それにしても最後まで話を聞いていればあんなに悩まなかったのかと王子は少々悔しかった。


「…ッチ。」


 


(え、今ジェイド君「ッチ」って言った?今言ったよね、パパめっちゃ傷ついちゃったんだけどーっ…。)


国王はかなりショックを受けたが冷静さを装うため、とりあえず話を続けた。


「…どうせおまえ、エルベスがいなくなったら無気力状態とかに陥るだろ。」


王子は、あながち間違っていないだろうと感じ恥ずかしくなり黙り込んだ。国王はそのまま困ったように話を進めた。


「少し前からエルベスにはメシア潜入を薦めていたんだが、奴があの身分で拒否するんだ。」


「え、あのエルベスが、ですか!」


ジェイドは先ほどのエルベスの言葉を思い出し、彼が本当に約束を守り通していてくれていたことが何よりも嬉しかった。しかし、相変わらずグリフは少々不満そうであった。


「昨日の会議の中で全国の有権者に言われれば了承するだろうとみていたんだが、まさか条件付きだとはな、参ったものだ。それにロンも臨時で入らしたレーヴ王も賛成したのだから余計に困る。」


 


「そうだったんですか。条件とはもしかして僕をメシアに連れていくことですか、父上?」


 


グリフはまだ賛成していないからかこの質問にははっきりと肯定しなかった。しかし、これが条件であるのは確かであり、会議の場で決定しかことだから仕方ないという様子であった。


「…。まあ、こういうわけで、お前も共に行きメシアで勉強してもらうことになったのだ。理想郷を噂される世界だ、学ばされることが多いであろうが頑張ってくれよジェイド。」


 


「はい、父上!将来この地の龍王となれるよう未知の世界メシアで多くを学んで参ります!理想郷を我らの手に治め、真の神の日光を拝めることのできる世界に戻しましょう。」


ジェイドは活気よく玉座に頭を下げ、とてもすがすがしい表情で龍王の間を出ていった。そしてメシアへの準備を進める従者の手伝いをしに翡翠の館へ戻っていくのであった。


 


 


王子が去ってからしばらくすると護衛の者や召使いは入口の外に出し待機させ、龍王の間には国王グリフとその従者である公爵ロンの二人きりになった。王が下を向いて公爵に話しかける。


「これが一番よい方法なのだよな。ジェイドの為にも、国やこの世界の為にも…。」


 


ロンはやや迷っているような口調のグリフを気にしながら答えた。


「そうだよ。世連はテロとか言ってるけど信用できない。それにライドでも例えテロでも、この国が狙われていることは事実。理由によってはダークナイツ王国だけではなく、この常夜の世界ダークナイツムーン自体も標的だとは思う。」


「いや、それだけでは済まん。あのメシアもライドは狙っている。メシアの世界鍵はここダークナイツムーンでしかメシアの扉を開けることができないことも知っているだろう。」


「ま、だろうね。先日のロノちゃんの命狙う件で旧ブレイズ帝国の王族と昔関わっていたという噂は確信に変わったからね。科学者としては造魔という邪な発想の元が気になるところだけど。あれは単なる科学的な技術だけじゃ不可能だ。なにか特殊な魔術・魔力があるのかな?」


 


「それは私達には現時点では理解不可能だ。…だが、エルベスもたいしたものだ。ただのわがままで言ったのではなく、この国の社会状況を適切に考慮し且つライドの企てを理解した上での王子避難計画を提案して、世界内各国の為にもメシアに行くのか。」


造魔の実態ははかり知れないものであり、今のグリフは造魔の件よりも目の前のメシアの件を気にしており、ロンとの会話が少しずれたように感じた。ロンはグリフの発言に合わせて会話を進める。


「エルベスを悪魔とか邪神とかいう者も毒血のジェイド君も幼少時の体調の悪さで将来の王として心配する者もいるからね。理想郷メシアの扉を開け、再びこの世界を太陽の光で包み込むために先駆けてメシアへと行くことはとても他国の権力者たちへの印象をよくする。エルベス、意外と頭いいよなー、俺似かな?」


調子のいいことを言ったロンに対して、笑いながらグリフは答えた。同時に己の判断に未熟さも感じたという語りもした。


「フフ、そうかもな。それにライドの刺客がいつかジェイドの命を狙うと言ったらしく、その対策としてメシアに送るのは名案だ。現時点ではエルベスに渡したメシアの瞳でしか扉を呼び出せないし、奴以外の多量の魔力を支配する適任者もそうそういないだろうからな。ただ厳重に護衛軍である聖騎士団特殊選考部隊によりジェイドを守ればよいと考えた私が愚かであった。」


 


「正直、適任者はあっちにいないとは言えないけどね。」


「どういうことだ、ロン。」


ロンのさらっとした言いぶりに敏感に反応し、グリフがとっさに詳細を聞いた。


「造魔だよ。人の手で身体は創られているらしいけど、中身は悪魔なんでしょ。悪魔の魂によっては莫大な魔力を有するものもある。鍵はこっちが持ってるから今は問題ないけど、ライドも鍵さえあればできる可能性が高いってことさ。」


 


「…確かにその通りだな。…だが、エルベスが持っていれば問題ない。」


グリフは昨日の会議の内容を思い出したように言った。


「メシアにいるエルベスが所持しているなら外部の全てのものがメシアに立ち入ることができないのだからな。そう、エルベスが会議の時に皆に説明もしていたじゃないか。ジェイドは安全だ。」


 


「ま、それもそうだね。あとはエルベスが報告とかでダークナイツに戻ってくる時に気をつけてれば済むんだよね。こんな大役あの子が担うなんて、本当に成長したなー。ってもういい大人か。」


グリフは結構エルベスのことを信頼しているらしく、過去を振り返りながら口に出す。


「奴は前から変な趣味はしていたもののこういうことは何故かしっかりこなしてたぞ。確かにあの優れた魔力のせいで色々問題児ではあったがな。」


「子どものようで、いつの間にか大人なんだから。」


 


エルベスの件で同感を示す表情をしているグリフに、ロンは少し間をおいて話しかけた。


 


「それはジェイド君も同じことなんだからね?グリフ?」


「……。」


 


王は優しいようでどこか冷たい公爵の言葉に、感情を一変させられたようであった。そして真剣な眼差しで彼を見つめ答える。


 


「ああ、頭ではわかっているんだがな。」


 


 


マイラリー(Milary/Mil.) 2113時頃。3の月の第3日輪の日(Heladay/Hel.)である。


 


地球で直訳するなら321日の第3日曜日となる。しかし1年で12か月あるとこまでは同じであるが、10月と2月以外は28日までしかなく、10月は35日、2月は21日までである。そして一日は30時間あり、人口太陽光で管理されており、朝・昼・夜がそれぞれ10時間ある。


 


国王や元帥、大統領など様々の称号を持つ世界内の各国有権者がダークナイツに来た。ランパシルス州の首都アリステ、王宮クリスタルパレス前にある王立庭園である時の広場に彼らは集い、メシアへの第一歩となる光景を見にやってきたのだ。


世界内一般市民には調査部隊が潜入調査を開始すると伝えており、王子がメシアに行くことは一切知らされていなかった。もちろん世連には極秘でメシア探索を行う。


 


軍部は陸軍最高司令官レン・ラ・リンク、空軍最高司令官ジェフ・セルクティアがきており、そして特別に空軍少将ロノ・カヴィレントも姿を出していた。


本国の王グリフ・ウィズ・ドラコは審判を抜いた軍務・財政・環境・交通・文化技術・社会省の全ての大臣と公爵ロン・グリフィンドを引き連れている。シュティン帝国の王レーヴ・カーリー・ドラコとその付き人たちも傍にいた。ダークナイツの女王レーンは兄でもあるシュティンの王レーヴに挨拶し、彼に延々とフレイドルド製の市民的ブランドニューリィの衣装の話をしていた。


 


全体の人数はあのテロと言われた事件中の民への演説と比べてははるかに少ないがとても威厳のある空間ではあった。そんな雰囲気に囲まれながら、王子ジェイド・ウェゾ・ドラコとその従者である貴公子エルベス・グリフィンドが中央の白時計台の前あたりに立っていた。


「メシアをつなぐ世界鍵はこの俺しか持っていないのか、なんかめっちゃエリート感出るんだけど!」


「君ただ父上から貰っただけでしょ、ま、いちおエリートの下の下ぐらいではあるとは思うけど。」


エルベスが何でそんなに微妙な言い方すんだよ、といいながら鍵を前に挙げた。そして一気に集中しながら念をいれると眩しい光が発生し靄かそれとも霧かように大きな白い扉が姿を現した。周りのものはとても感激しその神秘的な世界扉を観た。王子の従者は前日から何度か見ているためそこまで感動しなかったが、メシアの瞳のように青く輝く王子の瞳を隣で見ていて思わず笑顔になった。


 


エルベスが鍵を横に倒すと静かに扉が翼のように開くのであった。ジェイドが一歩足を踏み出し、扉の向こうに乗り出そうとしながらエルベスの手を握り語りだす。


「僕は今、太陽のある世界に足を運ぼうとしているんだね、エルベス?」


「ああ、そうだ。…なんかやっぱさ、夢、みたいだよな。」


エルベスはこう答え鍵を抜きジェイドと共に扉を通る。


 


彼らが見えなくなった瞬間扉は固く閉ざされ魔方陣のような鎖が現れしばらくして光と共に見えなくなった。今はもう権力者の前に見えるのはただの白い時計台だけであり、もとの時の広場に戻っていた。


 


 


 


「ねえ、エルベス。もしかしてメシアの光は人工物じゃないってことかな。」


「まあ、そうなんじゃね?俺も数回しか行ってないからそんなに聞くなよー。」


 


 


急に閉ざされた扉の音に振り返るジェイドは、ついにメシアへ来たのかと実感したようだった。


 


 


――――…あっ、あそこに天然の太陽が光ってるよ。――――